2016年のノーベル物理学賞はとりわけ不思議な受賞理由で3人の研究者に贈られた。
物質のトポロジカル性質の解明の先駆け
発表会見での研究業績紹介で、紙袋から取り出されたのはクロワッサンとドーナツ!?
わけわからん・・・もう帰って寝ます・・・(笑)
今回紹介するのは、そんな謎に満ちた「トポロジカル物質」を説明し、どのように有用なデバイスに利用できるのか、あるいはトポロジカル絶縁体の概念を拡張したトポロジカル超伝導体や量子コンピュータへの応用などの発展の可能性を解説している書籍である。
先に注意点に触れておこう。
分かりやすく述べてはいるが、本書は物性物理学の知識がかなりの割合で含まれる。
したがって、バンド反転や波動関数の位相など、トポロジカル物性の肝となる部分はどうしても抽象的かつ専門的にならざるを得ない。
しかも、言葉それ自体は数学の基本分野であるトポロジー(幾何学)ときたもんだ(笑)
この記事でもそれらの詳細な解説は省くので、悪しからず。
本書のポイントを3つ挙げるとすれば、
① スピンと磁場でバンド構造がねじれて「メビウスの輪」になる
② トポロジカル物性は頑強でノイズに強い
③ トポロジカル表面のスピン流は超省エネデバイスの未来を拓く
さてさて、これらをかいつまんで説明していこう。
SPIN BAND RUN
早速の専門知識で申し訳ないが、
・個々の粒子には「スピン」という磁性に関した性質・固有値をもっている ・電子・陽子の運動に応じて磁場が発生する (電荷の動き=電流だから) ・粒子自身の運動によるこの磁場が自身のスピンの向きに影響を与える ・磁場とスピンの向きが一致すると、エネルギーは安定する
…とりあえず↑の事象を「ふ~ん、そうなんだ」と受け入れてほしい。
この「スピン軌道相互作用」がトポロジカル物性の基になっている。
つまり、スピン軌道相互作用の強い物質がトポロジカル物質になりやすいのだ。
スピンの向きによって安定性が異なるために、物質の価電子バンド(定常状態のエネルギー帯)と伝導バンド(電流が流れやすいエネルギー帯;通常は価電子バンドにエネルギーを与えないと、このエネルギー帯にならない)に入っている電子のエネルギーが変化する。
(ここで、エネルギー構造のそれぞれの準位帯を物性物理学では「バンド」と呼ぶ。金属では価電子バンドと伝導バンドが近く、ほんの少しのエネルギーで電流が流れやすい。絶縁体ではこの2つのバンドが離れており、生半可なエネルギーを与えても電流が流れない。半導体はその中間のため、エネルギー量で電流のON-OFFが制御しやすいのだ。これらは電気電子工学の基礎知識として知られたし。)
そのエネルギーの変化量はスピン軌道相互作用の強さに依存するため、その効果が十分に強い物質では、エネルギー準位の上下関係(価電子バンド<伝導バンド)が逆転することがあり、そのような物質がトポロジカル物質と呼ばれるのだ。
つまり、スピン軌道相互作用が十分に強いトポロジカル物質において、スピンの向きによって伝導バンドと価電子バンドの上下関係が入れ替わる「バンド反転」が起こるのである。
…といっても、伝導バンドの全てのエネルギー帯と価電子バンドの全てのエネルギー帯が逆転するわけではない。あくまで、伝導バンドの「スピンの向きが磁場に合う」一部のエネルギー帯と、価電子バンドの「スピンの向きが磁場に逆らう」一部のエネルギー帯だけだ。
そのため、2つのバンドの一部がお互いに入れ替わる、一種の「ひねられた」構造が生じる。
これを象徴的にメビウスの輪と表現し、トポロジー(幾何学)を冠することになったわけだ。
一般に、原子番号の大きい原子を含む物質ほど、自身の電荷量で生じる磁場が強くなるので、スピン軌道相互作用が強く、トポロジカル物質になりやすい傾向がある。
トポロジカル物性は砕けない
メビウスの輪をどんなに変形しても、単純の輪に戻せない。
あるいはその逆に単純な輪からメビウスの輪に移すことができないことから分かるように、トポロジカル絶縁体は、形状を変えたり、温度を上げたり下げたり、光を照射したり、磁場をかけたりしても通常の絶縁体物質に戻すことはできないし、その逆もできない。
物質の性質は、電子のエネルギー構造の特徴を基に説明できる。
バンドの傾きが急峻なのか平らなのか、バンドの形が放射線形なのか直線的なのか、バンドギャップ(価電子バンドと伝導バンドのエネルギー差)が大きいのか小さいのかゼロなのか、などの特徴が物質の性質に現れてくるのだ。
しかし、トポロジカル物性は、そのようなバンド分散の形ではなく、バンドそのものが変性してしまうことに起因している。
したがって、バンド変性はバンド分散の形が多少変わっても容易に消えないため、トポロジカル物性は物質の純度・結晶性・温度などにあまり影響を受けず、「頑強」なのである。
このことがどんな可能性を生み出すのか?
多くの量子効果、例えば電子波の干渉効果や重ね合わせ状態、トンネル効果、量子もつれ状態などは、環境のノイズや物質の純度・品質によって敏感に変わってしまい、容易にかき消されてしまうことが多い。なので、研究者は、物質を極低温に冷やしたり真空中に保持したりして、できるだけ「静穏」な環境や精密な条件制御のもとで実験しなければ、量子効果が見えてこないのである。
しかし、トポロジカル物性に起因する量子効果は頑強なので、室温でノイズだらけの環境でも、しかも多少の不純物が入ったとしても、かき消されずに見えてくる可能性があり、実際そのような研究成果もたくさん報告されている。
例えば、量子コンピュータの原理をトポロジカルな性質に基づいた量子もつれ状態にすることで、多少のノイズでも乱されることがないという特徴をもつ、他の量子コンピュータに比べて優れた「トポロジカル量子コンピュータ」という新しい概念が提唱されている。
スピン潮流
前述の電子・陽子の性質に立ち返れば、自身の動き(電流)とスピンがローレンツ力の関係(いわゆるフレミング左手の法則)を構成することになる。
つまり、電子の運動量ベクトルに対してスピンの向きが直角・左向きになる「スピン・運動量ロッキング」がみられるのだ。
トポロジカル表面(トポロジカル物質全体でバンドがメビウスの輪となっている部分、つまりトポロジカル物性を示す部分)では、そのスピンの偏向性からスピン・運動量ロッキングを利用して電流制御を行える可能性がある。
例えば、円偏光照射や外部磁場などで、スピンの向きを制御した流れ(スピン流)を流すことによって、電流を特定方向に流すことが可能になるのだ。
それがどうしたって?
理論的にはこの場合、「電圧をかけて」電流を流しているわけではないため、なんとジュール熱による損失が生まれないのだ。
したがって、トポロジカル表面でのスピン流による電流制御によって、超省エネデバイスを作れる可能性があり、盛んに研究されているのである。
こうした新原理でのデバイスや太陽光発電などの応用、トポロジカル結晶絶縁体・ワイル半金属・アクシオン絶縁体・ディラックノーダルライン半金属などのトポロジカル物質群の発見といったように、トポロジカル物性に関する種々の研究が世界中で繰り広げられている。
近い将来、前述のトポロジカル量子コンピュータを始めとして、トポロジカル物質が私たちの日常生活を支える重要な物質として利用されることは間違いないだろう。
20世紀は半導体の世紀だったとよくいわれている。
ならば、21世紀はトポロジカル物質の世紀になるかもしれないのである。
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ここで紹介したのはおすすめ書籍に関する概要とトポロジカル物性のほんの一部である。
もっと知りたいと思ったら、本書を一読して、「理学の頂」の山登りに出かけよう。
目指せ!!理学の友人(笑)!!これぞ賢者への道程!!
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