「生命の起源」…おそらく人類が最も答えを知りたい問であり、最も難解な謎の一つだろう。
今回紹介するのは、そんな生物学的テーマに対して、なんと宇宙論と天体物理学が専門である著者が、「インフレーション宇宙論」から予測される「宇宙の広大さ」と結びつけた自論を解説してくれている書籍だ。
(なお、同著者の天体物理学に関する書籍は以前の記事を参考いただければ幸い。)
本編に入る前に、どうしてもふれておきたい1冊の本がある。 シュレディンガーによって1944年に書かれた『生命とは何か 物理的にみた生細胞』である。シュレディンガーとはもちろん、あの量子力学の基盤をなすシュレディンガー方程式で有名な20世紀物理学の巨人である。 ~中略~ シュレディンガーは「科学者は自分が十分に通暁していない問題については、ものを書かないものだ」という「掟」を破ることについて、許しを乞うことから始める。 そして我々は、「すべてのものを包括する統一的な知識を求めようとする熱望」を持っている一方で、過去百年間の「学問の多種多様の分岐」のために、「ただ一人の人間の頭脳が、学問全体の中の一つの小さな専門領域以上のものを十分に支配することは、ほとんど不可能に近くなってしまった」ことを嘆く。 そしてこの状況を切り抜けるためには、「われわれの中の誰かが、諸々の事実や理論を総合する仕事に思いきって手を着けるより他に道がないと思います」という。たとえ「その事実や理論の若干については、又聞きや不完全」な知識であり、「物笑いの種になる危険を冒しても」である。 シュレディンガーがこの本を書いてから80年近くの歳月が流れているが、自然科学はいよいよ「多種多様な分岐」への道をひたすら突き進んでいるように見える。もはや同じ物理学科のなかでも、分野が異なると専門的なことはほとんどわからないし、お互い興味を持ちにくい状況になっている。 その一方で、生命とは何か、最初の生命がどのように誕生したのか、という根源的な問題の前では、いまだに物理学はほとんど無力である。 ~中略~ 私もまた「物笑いの種」になるかもしれない。 それでも、「あいつがあそこまではっちゃけるのなら、俺も少しぐらいやってもいいか」と、他にも同じような人が出てきてくれれば、それでいいのかもしれない。生命の起源が解明されるためには、そういう無謀な挑戦者がこれからも数多く出てこなければならないことだけは、たしかであろう。 (本書の序章「生命の起源 ~物理と生物の狭間で」より抜粋)
序章で謙遜されていたが、非常に示唆に富んだ内容で、紹介する項目は迷いに迷った。
そんな中でも4つのトピックは外せなかったので、それらを挙げていこう。ご期待あれ!!
遺伝情報の起源とRNAワールド
地球生物の遺伝情報はDNAに保存されていて、それを基にタンパク質が組み立てられる。つまり、同じ遺伝情報がDNAにもタンパク質にも含まれているといえる。
遺伝情報がどうやって誕生したかは、DNAやタンパク質がどのように地球に現れたのかを考えればよい。では、DNAとタンパク質はどちらが先に現れたのか? 当然、設計図であるDNAが先だろうと思いがちだが、そう簡単な話ではない。
タンパク質は設計図であるDNAがないと作れないが、一方でDNAの複製にはタンパク質の酵素が必要で、どちらの生産にも相手が必要という「鶏と卵」問題に直面してしまうのだ。
この問題を解決してくれる有力な仮説がRNAワールドである。 RNAは、DNAの遺伝情報を仲介し、タンパク質の組み立ての鋳型となるものだ。いわばDNAとタンパク質をつなぐ存在であり、ならば最初に現れたのもRNAだったのではないか、というのは自然な発想である。 それだけではない。 二本鎖のDNAはもっぱら遺伝情報の保存という役割しか果たさないのに対し、一本鎖のRNAは複雑な立体構造をとり、それによって生体内の化学反応を促進するという、タンパク質の酵素のような働きをすることがわかっている。酵素(エンザイム)として働くリボ核酸、すなわちリボザイムである。 つまりRNAはDNAの遺伝情報保存機能と、タンパク質の代謝機能の両方を持っているということになる。であるならば、RNAだけで生命維持に必要な代謝と自己複製のすべてを行う生命体が可能ではないか、という希望が出てくる。 まず、RNAだけでできた生命が誕生し、進化が始まった。しかし、遺伝情報保持と代謝の両方の機能を持つとはいえ、その能力は限られる。 タンパク質のほうがより複雑で多様な立体構造をとることができ、生命体に有用なさまざまな酵素を作ることができる。一方、DNAは二本鎖構造をとることで安定化し、より高い情報保持機能を持つ。 こうして進化の過程で、代謝はタンパク質に、遺伝情報はDNAに受け持ってもらうような形に進化してきたというわけである。
ただし、このRNAワールドも厳密にはまだ仮説というべきものである。
それでもその説得力は大きく、さまざまな仮説が乱立して議論が混沌となりがちな生命の起源研究において、最も広く受け入れられている考えともいえるのではないか。
このRNAワールドの立場に立てば、ある程度もっともらしい生命誕生のシナリオを描くこともできる。 場所は特定しないが、とにかく水とエネルギーが存在し、有機分子が作り出される環境があった。その中にはRNAの構成単位であるヌクレオチドもあり、何らかのプロセスにより、ヌクレオチドが長く連なってRNAとなり、生物的活性を獲得し、さらには自己複製の能力を獲得した。一度自己複製能力を獲得すれば、周囲には天敵となる他の生物もまだ存在しないわけだから、エネルギーと栄養分さえあれば、倍々ゲームで爆発的に数を増やしていくはずである。 この、最初に自己複製能力を獲得したRNAはどれぐらいの長さだったのだろう? 生物学者によれば、長さが25塩基以下のRNAは生物的活性を示さない。一方で、40~60より長いRNAなら、あるいは自己複製能力を持つかもしれないと期待できるという。そして、実験室で作られている長さ100塩基以上のリボザイムでは、不完全ながら自己複製能力を示すものもある。したがって、生命最初の出発点となったRNAの長さもまた、40から100ぐらいの範囲にあったと考えるのが自然であろう。 一方、両親媒性の有機分子も作られて、それらは膜構造、さらには小胞の形をとるようになった。小胞の中では分子が密集した状態が保持されるため、RNAの自己複製も効率よく起こるであろう。そして、それとうまく歩調を合わせて小胞が2つに分裂して、複製されたRNAもそれぞれに分配されるようになった。
ここまでくれば、これは膜に包まれた複雑な遺伝情報が自己複製されているわけで、もう生命細胞と呼んでも差し支えないだろう。
RNAの自己複製は完璧ではないので、次世代の細胞は少しづつ変化し、自然選択によって進化が始まる。やがてタンパク質やDNAを用いるような、より効率的で生存力の強い生命に進化して、それが現在の地球生命の共通祖先となった。RNAだけで生きる生物は現在では見られないので、それらは競争に敗れて絶滅したということになる。もしかしたら、RNAウィルスのなかにはその名残もいるのかもしれない。
もちろん、このシナリオにもまだまだ不確実なところは多い。
例えば、最初に現れた遺伝情報が本当にRNAの形だったかどうかには異説もある。DNA・タンパク質に先んじてRNAの時代があったことについては多くの研究者が支持しているが、さらにその前段階で別の分子がまず遺伝情報を獲得し、それが進化の過程でRNAに置き換わったという可能性も議論されている。
だが、本質的な筋書きが上記のものから大きく変わることはなさそうである。
原始生命発生確率の上限と下限 ~ドレイクの式~
ご存知な人も多いと思うが、「ドレイクの式」という有名な式がある。
N=R*fpneflfifcL N:銀河系に存在する地球外文明の数 R*:銀河系での恒星の生成率 fp:その恒星が惑星系を持つ確率 ne:惑星系のなかで生命が存在可能な惑星の平均数 fl:その中で生命が実際に発生する割合 fi:その生命が知的生命体まで進化する割合 fc:その知的生命体が星間通信を行う割合 L:その文明が星間通信を継続できる時間
この式は銀河系の中で、知的生命体が文明を発展させた惑星がいくつくらいあるのかを見積もるためのものである。
この式は知的生命体による文明を考えているので、さまざまな因子が含まれているが、本記事のテーマと直接関係するのは「fl」、つまり生命が生存できる条件が整った惑星において、原始的なものでいいからとにかく実際に生命が現れる確率である。
確率というと1を超えることはないが、数十億年という地球の典型的な時間スケールの中で、非生物からの生命発生が起こる回数の期待値と考えてもよく、その場合は1以上になりうる。
このパラメータflとして可能な数字は、地球の歴史において原始生命が一度しか発生していないことを考えると、1を大きく超える可能性は低いと考えられる。一方、flが1よりずっと小さいケースはあまり制限がつかない。
我々はまだ地球外に生命を見つけられていない。 銀河系の中にはざっと1000億個の太陽のような恒星が存在し、その10%程度は生命が発生しうる地球型惑星を持つと見積もられている。例えば、銀河系全体の中で実際に生命が生まれる惑星が1つくらいしかないなら、flは100億分の1程度だ。 我々が観測可能な半径138億光年の宇宙の中には、我々が住む銀河系のような銀河がざっと1000億個、したがって恒星が1022個ほどある。もし、実際に生命を育む惑星がこの範囲に1つくらいしかないのなら、flは1021分の1という極小数になる。 しかしこれでも、観測事実と矛盾しない、つまり「ありうる数字」といえる。 一方で、もし将来、太陽系内、あるいは太陽に近い恒星の惑星から生命が発見されれば、flとして許される値の範囲は一気に1付近のみに狭まることになる。
さて、ここで「観測可能な宇宙」での生命発生数を考えたが、その外側はどうなっているか?
観測可能な宇宙の境界は、宇宙が誕生して138億年しか(?)経っていないことと、光の速度が有限であることから存在しているだけのことであり、実体としての宇宙はそれを大きく超えて広がっていると考えられている。
そのスケールまで広げて、原始生命の誕生を考えたらどうなるであろうか?
その答えが本書の主眼の一つであり、後述するので乞うご期待!!
さて、今度は視点を変えて、原始生命が発生するプロセスに基づいて、期待値flがどれくらいになるのか、理論的に考えてみよう。 詳細な議論は本書を参考されたしだが、とにかく、ランダムな化学反応が積み重なって、偶然にも生命ができあがる確率は極めて低く、ちょっと計算すれば「観測可能な138億光年の宇宙の中にすら、生命は1つも誕生しない」という結論が出る。しかし、我々はこうしてここにいる。 原始地球のどこか、あるいはパンスペルミア説(宇宙から、単純な有機物だけでなく、生きた細胞そのものもやってきたとする説)を採るにしても宇宙のどこかで、我々につながる生命が無生物から発生したはずである。 ランダムな化学反応では、前述40~100個の長さのRNAからなる原子生命はできそうにないことは事実である。 「いきなり40とか50の長さのRNAを作るのではなく、もっと短いものから段階的・進化的に少しづつ長くしていけばよい」という考えもあるが、これも具体性には乏しい。10とか20塩基程度の比較的短鎖のRNAを作れば、自己複製とまではいかずとも、RNAの端と端を連結する機能を持つRNAはできるかもしれない。(実例として、RNAリガーゼはRNAの端と端を連結する触媒作用をもつリボザイム。) そうしたものが登場すれば、「短鎖のRNAをつなげて伸ばして、やがては自己複製可能なRNAにまで進化していくのではないか?」という想像は可能だ。しかし、長さ10のRNAは4の10乗の情報配列を取りうる。ランダムに作られた長さ10のRNAのほとんどは、意味のない情報配列を持つ「がらくた」であろう。それらを適当につなげたところで、生命につながるとは思えない。 また、そうした機能をもったRNA短鎖ができたとしても、自己複製能力がなければ、自身を増やすこともできない。まわりのRNA短鎖をつなげているうちに、自分自身が壊れてしまえば終わりである。「進化」というものが起こるためには、自己複製機能があり、自らのコピーを大量に作ることが必須なのである。 そんな都合のよい「原始生命への経路」が本当にあるのか、現状誰にもわからない。
著者曰く、生命の起源に関する現状の理解や考えは概ね、このような状況だと。
非科学的あるいは超科学的なものに訴えることは避けたいが、かといって科学の枠組みの中で生命の起源を具体的に説明できるかどうか、その道筋はまったく見えていなかった。
この状況を打破する視点の一つとして、繰り返しになるが、「観測可能な宇宙」の外側まで含めた「宇宙の真の大きさ」を考えることが挙げられる。
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長くなってきたので、残り2トピック↓は次の記事にて。お許しを(笑)
広大な宇宙を作るインフレーション宇宙論
インフレーション宇宙での生命誕生
ここからが著者独自の視点の本丸である。乞うご期待!!
目指せ!!素敵な物笑いの種(著者を尊敬いたします)!!これぞ賢者への道程!!
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