宇宙はいかにして誕生し、万物はなぜこのように存在しているのか?
現代物理学はその核心にかつてなく迫りつつある。
今回紹介するのは、2004年にノーベル物理学賞を受賞し、その後もアクシオンの創案, エニオンの命名, 時間結晶仮説など革新的な研究成果を次々に発表してきた物理学者フランク・ウィルチェックが、この問いについて語った書籍だ。
アクシオン? エニオン? 何それ? オンオンオンオンうるさい!
…な~んて人(笑)は、↓以前の記事を参考にされたし。
本書を通じてウィルチェックは、「空間」「時間」「物質・エネルギー」「相補性」など10の要素を根本原理として、私たちの世界の成り立ちをとことん語りつくしていく。
<本書まえがきより> これは物理的世界の研究を通して学ぶことができる本質的な知恵についての本だ。 私はこれまでに、物理的世界に興味を抱き、現代の物理学がそれをどう説明しているのか学びたいという熱心に人々に大勢出会った。弁護士, 医者, 芸術家, 学生, 教師, 子育て中の親, あるいは、ただもう好奇心に駆られた人々などだ。この人たちは、知性は十分なのだが、知識が足りない。 そこで私はこの本で、現代物理学の最も重要なメッセージをできる限りシンプルに、しかし正確さを損なわずに伝えようと努めた。好奇心旺盛な私の友人たちと、彼らが抱く疑問に常に心にとめながら、本書を書き進めた。 私にとって、物理的世界の研究から得られる本質的な知恵は、物理的世界がどのように働いているかという事実そのものをはるかに超える何かを含んでいる。それらの事実が強烈で、しかも摩訶不思議に美しいのは確かだ。しかし、私たちにそれを発見させてくれた思考のあり方もまた、人類が達成したすばらしい成果だ。 そして大切なのは、より大局的な視野で見たときに、世界のどこに人間が位置するかについて、それらの本質的な知恵が何を示唆しているかを考慮することである。
さてさて、この記事ではそれら10の根本原理から、「構成要素」「知覚と認識」「謎」の3トピックについて、その未来像をまとめようではないか。
ん? いつものように場と相互作用(量子論)とか時空間(相対論)とかじゃないの?
ブログ主が大好きなアクシオンの話もあるし、それらを語りたいのもやまやまだが、今回は敢えて違った切り口の要素をチョイス。乞うご期待!!
10の要素全部に興味がある方は実際に書籍を読まれたし。
「構成要素」の未来
現在判明している素粒子のリストは英語のアルファベットよりもかなり短く、メンデレーエフの元素周期表よりはるかに短い。
力…正確に言えば四つの力…を記述する諸法則とともに、この素粒子表という素材のリストは、物質について力強くかつ見事に説明してくれている。
ここでは、新しい「素粒子」を作るための有望な二つの戦略を紹介しよう。
どちらの戦略も「自然」からインスピレーションをもらったものだ。一方の戦略は物理学にインスピレーションを得たもので、外から内へと働く。もう一方は、生物学からインスピレーションを得たもので、内から外へと働く。
「デザイナー粒子」 その① すばらしき新世界: 世界を一つの全体として分析したときと同じ考え方を使って、物質について考えることができる。ある物質に少量のエネルギーを注入する、あるいは、少量の電荷またはスピンを加えると、それによって生じた擾乱は概して、まとまって数個のかたまり、すなわち量子になるだろう。このような「異世界」のかたまりは準粒子と呼ばれ、私たちが真空で出会う粒子とはまったく異なる性質を持つ場合がある。 「正孔」は、単純だがきわめて重要な粒子だ。一般的な固体の内部には多くの電子が存在する。固体が何にも乱されておらず、平衡状態にあるとき、この電子たちは何らかのはっきりしたパターンに配列されている。その電子を一個抜き取るところを想像してみよう。その結果生じる状態は、電子が一個あるべき場所に、穴が一つ開いているはずだ。状況が落ち着いたとき、後に残されているのは通常、一つの準粒子である。この場合は、電子が不在になったことから生じたので、+1の電荷を持っている。これを私たちは正孔と呼ぶ。 このような正孔は、電子が抜けて空になった場所に最も類似したものとも言える陽子よりもはるかに軽く、操作しやすい、正に帯電した(準)粒子である。正孔はトランジスタや、より一般的に現代のエレクトロニクス全体においてスター選手だ。正孔をいかにして作り、使うかが理解されたことで世界は一変した。 これとは別のケースでは、空っぽの空間にある素粒子が直接固体におりてきて準粒子になるのだが、物質内に入ると、素粒子は空っぽの空間にあったときとはまったく違う性質を獲得する。 このエレガントな例が超伝導体で起こる。光子が超伝導体に入ると、光子の質量はゼロから、小さいがゼロではない値に変化するのだ。(その値は問題の超伝導体の種類によって異なるが、電子の質量の100万分の1というのが典型的な値だ。) 実際、洗練された思考ができる物理学者にとっては、光子が質量を獲得することこそ超伝導の本質なのである。 新種の素粒子を発明するのは、時間のかかる仕事だ。現在判明している素粒子は、1970年代には既に知られていたか、あるいは確実に存在すると予測されていた。 一方、準粒子の世界には、想像力と独創性が発揮できる広大な領域がある。(実際に著者は、二次元の系においてのみ現れる、フェルミオンとボソンを連続的につなぐような統計にしたがう準粒子として、「エニオン」を提唱している。) 物理学者や独創性のある技術者たちは、たくさんの興味深くかつ有用性もありそうな新種の準粒子を提案している。スピノン, プラズモン, ポラリトン, フラクソン, エキサイトンなど、なんとも好感の持てる名前がついているものだ(笑)。 さまざまな驚異的な準粒子が活躍するすばらしい新物質の世界は、物質の未来の重要な側面だろう。急成長しているメタマテリアルの分野は、そんな準粒子を手際よく次々と設計している。 物質は準粒子の家だと考えられるようになったなら、大きな意味のある、一つの疑問にあなたは近づいている。 "「空っぽの空間」そのものが物質であり、その準粒子が私たちの「素粒子」であると考えられることができるだろうか?" その疑問の答えは「できる」であり、私たちはそう考えるべきだ。これは非常に実り多い考え方である。
「デザイナー粒子」 その② スマートマテリアル: 生物学は、物質の未来としてもう一つの方向を示唆している。 細胞は、高度化した生命体の「素粒子」だ。細胞にはさまざまな形と大きさがあるが、それらがすべて情報の収納場所兼化学工場として機能するための多種多様なトリックを共有している。また、細胞は外界とのあいだに高機能のインターフェイスを持っており、そのおかげで資源を集め、情報を交換できる。 生物の細胞は、シンプルな物理的物体とはまったく異なる。細胞の中核的機能を持つ人工的な単位をゼロから作り上げるのは、きわめて困難だ。これが可能なら、死んだ細胞や老化した細胞に代わる、あるいは有害な老廃物を無害または有用な材料に変換する能力を持つ、細胞類似単位を生み出す道が拓けるだろう。 もう一つ、より実用的な短期的戦略がある。それは既存の細胞型を微調整する方法で、既に多くの分子生物学者が使っており、ますます大きな成果をあげつつある。 一方、生物学をよく知らなかったとしても、生物学からインスピレーションが得られる可能性もある。自動車はパワーアップした馬ではないし、飛行機はパワーアップした鳥ではない。また役に立つロボットが人間に似ている必要もない。 現在の人間の工学ではその類似物を作ることがまったく不可能な、生物細胞の最も独特な特徴は、調整可能な自己複製能力だ。適切で、適度に寛容な環境のなかでは、細胞は材料を集めて、自分自身の複製に近いが、必ずしも完全に同じではない新しい細胞を作るだろう。その新しい細胞と元の細胞の違いはランダムではなく、細胞自体のなかに含まれているプログラムにしたがっている。 自己複製は指数関数的成長のパワーを解き放つ。1個の細胞から出発し、10世代の複製を経ると、1000個以上の細胞ができている。そして、約40世代後には、数兆個の細胞ができている。これは人体を作るのに十分な数だ。 プログラムされた差異、すなわち調節作用が、筋肉細胞, 血球, 神経細胞など、さまざまな異なる機能に適するよう特化された細胞を生み出す。 細胞よりもはるかに単純な人工的ユニットのなかで、調節された自己複製を起こすという強力な戦略は可能なはずだ。とりわけ、それらの人工的ユニットの用途が、生存可能な生物有機体を生み出すほど複雑でも繊細でもない場合は。惑星の地球化(テラフォーミング)や、山ほどの大きさのコンピュータの製作など、高度に反復的で、細部についてあまりこだわる必要がないプロセスによって実現される、ある種の壮大なプロジェクトは、そのようなものだろう。調節可能な自己複製はきわめて強力な概念で、未来の工学において目立った存在になるに違いない。
「知覚と認識」の未来
<あちこちにある感覚器> 「ラバーハンド錯覚」は衝撃的な経験だ。それはこのようにして起こる。 あなたは自分の右手を衝立の背後に隠しておき、そのすぐ近くに置いたゴム(ラバー)でできた偽の手(ラバーハンド)を見つめる。一人の友人が、あなたには見えない本物の手と、見えるけれども偽物のラバーハンドを、ランダムに、しかし両者を同時に叩いたり撫でたりする。 しばらくすると、叩かれたり撫でられたりしているのは、自分の手ではなくて偽物のラバーハンドで、その刺激が自分の心まで届いているように感じ始める。 この錯覚と、これに関係する他の錯覚についての先駆的な研究で有名なダイアン・ロジャーズ=ラマチャンドランとヴィラヤヌル・ラマチャンドランが、この錯覚が持つ深い意味への関心を呼び起こした。 "私たちはみな、自分の存在につてい何らかの仮説を立てて生きていく。しかし、疑問の余地はないと思えるものが一つある。それが、自分は自分の体に固定されているという仮定だ。ところが、必要な種類の刺激を2~3秒与えられれば、自分の存在の自明の基盤さえもが、一時的に見捨てられてしまう。"
自然のままの人間の知覚は、量子力学には適合していない。
量子の世界では、多くの可能な配置や振舞いが共存する。しかし、それを実際に観察してみると、それらの可能性の一つだけが見える。しかも、どれが見えるかを前もって知ることができない。量子系の状態をまっとうに扱うことは、どのような知覚(すなわち観測)の組み合わせにも不可能である。
一方、自然のままの人間の知覚が最も得意とするのは、三次元空間のなかのほぼ明確な位置に存在している、ほぼ予測可能な性質を持った物体に基づく世界を表すものを提供することだ。それは日常生活を送るうえでは非常に有用な情報であり、私たちはその情報を楽々と抽出している。
しかし、「根本的な理解」は、見るべきものはまだまだたくさんあることを明らかにしており、量子力学はそれを別のレベルへと移行させる。
幸い、量子世界を人間知覚に合わせる、まだほとんど探られていない方法がいくつかある。
興味深い状態…例えば、陽子の内部のクォークとグルーオンの状態, 分子内部の電子と原子核の状態, 量子コンピュータ内部の量子ビットの状態…が計算できるとしよう。すると、これらのものを観測した場合に、どんな結果が得られるかも計算できる…好きなだけ何度でも、まるで私たちがそれらの状態を作ったかのように。そしてその結果を、「通常の知覚」として、たくさんのディスプレイを使い、すべて同時に表示することができる。
このようにして、物理学者, 化学者, そして旅行者は、量子世界に浸ることができるし、もしかしたらついに量子力学が理解できるようになるかもしれない。
これと奇妙に並行する問題が一つ、私たちの自己認識のなかで生じる。
私たちの脳内では多くの物事が同時に起こっているが、私たちの自然のままの意識は、一度にその一つにしか取り込むことができず、そこからは多くのことが完全に隠されている。一つの機能しているモジュールから別のそれへと関心を移すことはできるが、複数のものに同時に集中するのは困難であり、不自然である。
脳の状態を監視し解釈する私たちの能力が向上するにつれて、私たちの内なる自己を、自然のままの意識のフィルターを回避して、視覚系を通して、あるいはディスプレイ上で知覚する自己に提示することができるようになるだろう。より多くのものが届くようになり、隠されたままのものはますます減るだろう。人々は新しいやり方で、そしていっそう深く、自分自身を、そしてもしかしたら他の人々も、知るようになるだろう。
「謎」の未来
<ミステリーはいかにして終わるか> 「T対称性の破れ」のヒーロー、ヴァル・フィッチは含蓄のあるユーモアのセンスの持ち主だった。著者が科学者人生の初期にプリンストン大学で教授を務めていた当時、彼はプリンストン大学物理学科の学科長だった。著者は思いついたばかりのアクシオンとダークマターについての考えを彼に説明するなかで、時間反転対称性の破れについて、それがまるで大昔に確立された事実であるかのように話した。なにしろ、それしか知らなかったのだから。 やがてフィッチは、優しくにっこり微笑みながらこう言った。 「昨日のセンセーションは、今日はもうキャリブレーション(較正)になっているね」 これが、解決に成功した科学のミステリーの運命だ。 ミステリーを解決したのかをめぐって、数年間は科学者たちは大いに興奮し、疑問を投げかける。しかし、検証が進み疑問が薄れていくにつれ、次第に興奮も冷め、昨日のセンセーションは今日はもう較正で、明日には背景になっている。
特定の「謎」の未来のほかに、「謎」そのものの未来にまつわる興味深い疑問が存在する。
クレイ数学研究所は、ゲージ理論を出発点にして、クォークの閉じこめを量子色力学(QCD)から数学的に厳密に導くことができた者に100万ドルの賞金を贈ると発表した。物理学者の基準は、これほど高くない。著者に言わせれば、これとは異なる基準を使っているのだ。
クォークの閉じこめの証明にこだわるよりも、物理学者たちははるかに先へと進んでいる。
スーパーコンピュータというシリコン製の友人の助けを借りて、QCDがどのような種類の粒子を生み出すのかを、深刻な誤差が生じる心配なしに計算することができる。孤立したクォークは、そのなかに含まれていない。実際、計算から予測されるのは、私たちが自然界で観測するのと同じ質量や性質を持った粒子だ。それ以上でもなければ、それ以下でもない。
賞金はスーパーコンピュータが獲得すべきだろうか?それともプログラムを作成した者が?
2017年、人口ニューラルネットワークを使ったきわめて革新的なコンピュータプログラム、アルファゼロは、チェスのルールを与えられたあと自らを相手に数時間チェスのゲームを行い、その経験から学んで、超人的な成績をあげた。
アルファゼロはチェスを理解しているのだろうか?
あなたが「ノー」と答えたい誘惑に駆られるなら、エマヌエール・ラスカーをご紹介しよう。1894年から1921年という長期にわたり、チェスの世界チャンピオンの座にいた人物だ。
チェス盤の上では、嘘も偽善も長続きしない。 独創的な結びつきが、嘘の仮説を暴露する。 無慈悲な事実が、ついにはチェックメイトをもたらし、偽善者を否定する。
この例は、人間の意識には使うことができないような「知る手段」があることを示している。
しかし、じつのところ、これは少しも新しい話ではないはずだ。人間自身が、人間の意識には届かないことがたくさんあることを知っている。例えば、人間が視覚情報を驚異的な速さで処理する方法や、自分の体をまっすぐに保ったり、歩いたり、走ったりする方法などだ。
ヒトや、地球に存在する他の生物のゲノムもまた、無意識の知識の宝庫だ。それらは繁栄する生命体を構築するうえで生じる多くの複雑な問題を解決し、人間の技術にできることをはるかに超えた離れ業を成し遂げてきた。ゲノムは、いかにこれを成し遂げるかを、論理的な思考によってではなく、生物進化という長い非効率なプロセスのなかで「学んだ」。そしてゲノムが、自分が何を知っているのか、意識的には知らないことは間違いない。
私たちの機械の、長い計算を正確に行うことができる能力、大量の情報を蓄える能力、そしてきわめて速いペースで学ぶ能力は、理解へと至る質的に新しい道をすでに開いている。それらはさまざまな方向に知識の前線を推し進め、人間の脳が自力では行けないところに到達するだろう。機械の支援を受けた脳はもちろん、この探究で貢献することができる。
進化にはない、そして今のところはまだ機械にもない、人間だけが持つ特性は、自分の理解にある欠陥を認識し、その欠陥を埋めるプロセスを楽しむ能力だ。ミステリアスで、しかも感動的なものを経験することは素晴らしい。
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ここで紹介したのは宇宙を動かす10の根本原理のほんの一部である。
最後に、訳者によるあとがきから、未来を感じさせる一節で締めくくろう。
驚くほど広大で複雑な世界は、驚くほど少数の単純な根本原理によって説明されるが、謎も残っており、私たちが生まれ変わって思考のブレークスルーを成し遂げることで根本原理は書き換えられ、謎が解明されていくだろう。 そして新しい根本原理で見てみると、また新たな謎が生まれ、このサイクルが終わることはないだろう。
もっと知りたいと思ったら、本書を一読して、「量子の海」へ漕ぎだそう。
目指せ!!量子論の隣人(笑)!!これぞ賢者への道程!!
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