何百年前も前に記された音符が 生まれ育った国も性別も目の色も なにもかも違うふたりに同じ音を思い描かせる わかり合えないと思っていた人と たった一音でわかり合えたり 惹かれ合ったり 今も昔も変わらない (出典:二ノ宮知子『のだめカンタービレ 23巻』)
のっけからタイトルと関係ない話じゃねーか!!
…とツッコミをいれられそうだが、音楽と数学の切っても切れない関係をご存知だろうか?
古代ギリシアの時代、ピタゴラス学派の賢人たちは、美しい協和音の中に潜む数の神秘に気づき、「万物は数である」と説いた。宇宙は数と数との関係によってもたらされる調和によって作られていると熱心に啓蒙したのである。
その甲斐もあり、ピタゴラス以後のギリシアでは、宇宙の根本原理は「ムジカ」であり、その調和は「ハルモニア」であると考えるようになった。英語でムジカは「ミュージック」、ハルモニアは「ハーモニー」である。
実は、中世に至るまで、音楽は娯楽というよりは秩序と調和の象徴として捉えられていた。だからこそ、音楽を学ぶことは、宇宙の原理、言い換えれば神の言葉を理解する上で欠かすことができなかったのだろう。
どんなに複雑に見えたとしても、 天体は調和のとれた軌道に沿って運行しており、 宇宙は人間には聞くことのできない美しい天球の音楽(ムジカ・ムンダーナ)に満ちている
音楽に限らず、自然であれ、芸術であれ、我々が純粋に美しいと感じるものには数学的な裏付けがあることが少なくない。数学は感動の根拠を与えると言ってもいい。
そもそも数学はそれ自体が美しい。
前置きが長くなったが、今回紹介する書籍↓は、こうした数学のとてつもない価値と魅力をできるだけ豊かに、できるだけ多角的に、6つのテーマで分かりやすく教えてくれている。
1章 とてつもない数式:数で世界のすべてを記述する
2章 とてつもない天才数学者たち:奇人・変人たちが抽象思考の極北に挑む
3章 とてつもない芸術性:完成に訴える数学の「美」
4章 とてつもない便利さ:現代社会のテクノロジーを支える
5章 とてつもない影響力:世界史は数学とともに発展した
6章 とてつもない計算:インド式、便利な暗算、数学パズル
この書籍に収められた1つ1つのエピソードはすべて独立している。
ピタゴラス、デカルト、フェルマー、ニュートン、ライプニッツ、オイラー、ガウス、カントール…天才数学者たちの功績や彼らがもたらした方程式。
負の数、虚数、無限、N進法といった概念。
円周率やネイピア数という不思議な定数とその影響力の大きさ。
話し始めると終わらないため、本記事では特に好きなテーマを語ろうではないか。
『タイルを敷き詰める数学』
…ズコーっとこける音が聞こえてきそうである(笑)
こんだけ雄大なこと言っておいて、「タイル」かよ!…とね。
いやいや、タイルをなめてはいけない。これからのお話を乞うご期待!!
アルハンブラ宮殿の幾何学模様
スペインの古都グラナダには、かつてこの地を支配していたイスラム教徒の栄華の象徴であり、キリスト教徒による国土回復の戦い(レコンキスタ)に破れた悲劇の舞台ともなったアルハンブラ宮殿がある。
敷地は約15万平方メートル(東京ドーム3個分)もあり、当時は王だけでなく、貴族を中心に約2000人が暮らしていた。
アルハンブラというのは「赤い城塞」を意味するイスラム語が語源である。
広大な敷地内にはいくつもの壮麗な建造物が並んでいて、そのどれもがイスラム建築の粋を集めた傑作だ。あまりの見事さに、当時は「王は魔法によって宮殿を完成させた」とまで言われたらしい。
教義によって偶像が禁止されているイスラム教では、動物や人間をモチーフにして装飾が施されることはなく、代わりに幾何学的な文様が発展した。
こうした伝統はアルハンブラ宮殿のいたるところに見られる。特に、壁や天井一面をいくつかの基本の図形だけで隙間なく敷き詰めてあったり、逆にすべて異なる形の図形で敷き詰められていたりするタイル張りの見事さには、誰もが目をみはることだろう。
平面を埋め尽くせる正多角形は?
実は、無限に広がる平面を隙間や重なりなくタイルによって埋め尽くしたい場合、タイルの形は何でもいい…というわけではない。
例えば、1つの角が108°であるため、正五角形では平面を埋め尽くすことは不可能である。
同じように考えると、平面を埋め尽くすことができる正多角形(すべての角の大きさが等しい多角形)は「1つの角の大きさ × 整数 = 360°」となるものだけに限られる。そういう正多角形は、正三角形・正四角形(正方形)・正六角形の3種類しかない。
一般に、平面を何種類かの平面図形(タイル)で隙間も重なりもなく埋め尽くすことを「平面充填」、あるいは「タイリング」や「テセレーション」などという。
そして、どのようなタイルなら埋め尽くせるかを考える問題を「平面充填問題」と呼ぶ。
では、正三角形以外の三角形・正方形以外の四角形はどうだろうか?
実は、三角形であれば、どのような三角形でもあっても必ず平面を埋め尽くすことができる。なぜなら、同じ三角形を2つ用意し、上下逆さに重ねれば平行四辺形となり、その平行四辺形を上下左右に敷き詰めれば、隙間なく平面を埋め尽くすことができるからだ。
四角形の場合も同様に、窪みのない「凸四角形」や窪みのある「凹四角形」に限らず、いかなる四角形であっても平面充填が可能である。同じ四角形を上下逆さに重ねると「平行六辺形」という向かい合う辺が平行の六角形ができて、これも必ず隙間なく敷き詰められるからだ。
五角形を検証する
ここまでで、任意の三角形・四角形は平面充填可能な図形であることがわかったが、このことは古代ギリシアの時代には既に明らかだったらしい。
三角形・四角形とくれば、次は五角形について検証したくなる。しかし、図形が五角形になると話は急に複雑になってしまう。
前述のとおり、正五角形は平面を敷き詰めることができないので、どんな形の五角形でも平面を埋め尽くせるわけではないが、例えば「1組の平行な辺を持つ」などの特徴を持つ歪な形の五角形であれば平面を敷き詰められる。
この記事作成時点で、平面充填可能な凸五角形(窪みのない五角形)は全部で15種類見つかっている。そのいくつかの例がどのような形であるかは、下記を参照されたし。
凸五角形の平面充填問題が数学的に議論されるようになったのは、1918年にドイツのカール・ラインハルトという人が大学の卒業論文で「5種類の敷き詰め可能な凸五角形」を発表したことがきっかけだった。
なお、ラインハルトは六角形以上の多角形について、平面を埋め尽くせるのは、凸六角形は3種類だけであり、凸七角形以上では存在しないことも証明した。
一方、凸五角形については、自分が見つけた5種類の他にもあるかどうかは不明とした。
つまりこの時点で、1種類の凸多角形による平面充填問題は五角形の問題に絞られたのだ。
とある主婦が解いた難問
ラインハルトの論文からちょうど50年後の1968年にはさらに3種類が見つかり、平面を埋め尽くす凸五角形は8種類になった。
新たに3種類を見つけるまでに50年もかかってしまうほど、凸五角形の平面充填問題は複雑な難問なのだが、1975年~1977年の間に相次いで5種類が見つかっている。
しかもそれらの発見は数学者の手によるものではなかった。
1つはコンピュータサイエンティストのリチャード・ジェームズ三世が発見したものであり、残りの4種類はなんと家庭の主婦だったマジョリー・ライスが見つけたものである。
ライスはパッチワークを趣味にしていたことから、雑誌のコラムで紹介されていた多角形による敷き詰め問題に興味を持ち、子育てのかたわらで様々な敷き詰め模様を考えたというから驚く。ママさん恐るべし(笑)
その後、1958年には当時大学院生だったロルフ・シュタインが14種類目を発見し、2015年にはワシントン大学の研究チームがスーパーコンピュータを使って15種類目を発見した。
美は真なり 真は美なり
平面充填を語る上で、イギリスのロジャー・ペンローズは外せない。
ペンローズは理論物理学者のスティーブン・ホーキングと共にブラックホールの「特異点定理」を証明し、「光が届かない領域 = まったく情報が得られない領域」が存在することから、その境界として「事象の地平線」なるものを提唱したことで一躍有名になった。
また、脳内の情報処理には量子力学が深く関わっているという仮説を唱えるなど、宇宙論と量子論の双方に功績を残している物理学者である。
そのペンローズは平面充填問題に興味を持ち、いわゆる「ペンローズ・タイル」を考案した。
それは↑のWikipediaページの図にあるように、2種類の菱形をある法則にしたがって並べて、平面を埋め尽くしたものである。
特筆すべきは、このようにすれば必ず周期的ではない並び方になるという点である。ペンローズ・タイルでは、ある部分をどのように平行移動しても、ぴったりとは重ならない他の部分が存在している。
ペンローズ・タイルに代表されるような周期的ではない平面充填の方法の多くは、数学の世界では主に20世紀になってから発見された。
一方、驚くことなかれ、なんと15世紀のイスラム建築にはペンローズ・タイルを敷き詰めたのと同じ模様が見つかっているのだ!!
タイル張り職人としての美の追求と数学的な非周期的平面充填とが同じゴールに到達し、しかも職人の方が500年も先を越しているというのは大変興味深い。
これだけではない。
1982年にイスラエルの科学者ダニエル・シュヒトマンは周期的な結晶構造を持たない合金を発見した。
それまで「結晶」といえば周期的な構造を持つというのが常識だったので、発表当時シュヒトマンは激しい批判を受けたが、ペンローズ・タイルを理論的裏付けにすることで、非周期的な構造を持つ結晶的なもの(準結晶)も存在し得ると主張したのである。
その後、「準結晶」が次々と発見されたことで、シュヒトマンの功績は認められ、2011年にはノーベル化学賞を受賞している。
美は真なり 真は美なり (詩人ジョン・キーツ『ギリシアの壺に寄す』の一節)
美を追求することと、真実を明らかにしようとすることは、とてもよく似ているのだろう。
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ここで紹介したのはおすすめ書籍で語られているトピックのほんの一部である。
もっと知りたいと思ったら、専門書を目印に、「数学の森」の奥深くに進んでみよう。
魅了されろ!!数学の美しさに!!これぞ賢者への道程!!
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